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牛ブロ続編

最初に断っときます
今回の翻訳は全訳じゃなくて要約です
だって長いんだもの
ちゃんとやってたら時間かかりまくっちゃうんだもの
わたしだって遊びたいんだもの
にんげんだもの        (@みつを)


それでは「蒙牛物語」 どうぞ






「私がどうやって本当の親にたどりついたか」
           
  

小さいとき、近所の人が私の事をもらい子だとよく噂してました
私にとっては今の父母が産みの親であろうとなかろうとどうでもいいことでした
なぜならこんなにも私に良くしてくれてるのですから


養母が亡くなった頃、その噂はもっと広がっていました
その後しばらくして、養父も重い病気を患いました
おじ(養父の弟)は私のことをかわいそうに思い、本当のことを話してくれました
おまえには帰るところがあるんだよ、と
ですが、養父はまだ元気ですし、悲しませたくありませんので、
私はそのことを認めようとはしませんでした


養父も亡くなった後、生家から人が尋ねて来たりもしましたが その頃の私はまだ未婚で毎月2,30元しか稼ぎがなく、父の再婚相手(義理の母)の面倒も看ないといけません
生家に戻った後の事をいろいろ考えると… 
やはり認めることはできませんでした


1986年、私がある会社の作業場の責任者をしていたとき、臨時に雇った労働者が
以前おじから聞いた生家の村の出身であることを偶然聞きました
私はその労働者に 秦という姓の人が村にいるか聞きました
すると、となりに住んでるよ、と答えるではないですか
詳しく聞くと 彼曰く、その家のお母さんは具合が悪く、少し前に彼の家にお米を借りにきたようでした
そして その娘はお金が無くてせっかく入った学校を退学したとのこと
私はそれを聞くなり、その彼に「お金はすべて私が払うから すぐに休暇を取って私をそこへ連れて行ってくれ」と頼みました
彼は承諾してくれました
彼は私がその家とどのような関係にあるのかと聞きましたが
私は言葉を濁して 本当のことを教えませんでした


私は全財産80元と妻の両親に借りたお金で 米1袋と小麦粉、肉を買い
車を借りて、医者を連れ、生家へ向かいました
(私がこうしたいんだと告げると、妻はこころよく全財産を出してくれて、
更に自分の両親にお金を借りにまでいってくれました)


道中、道案内の彼は私と生家の関係をいぶかるので本当のことを話しました
彼も赤子を売り渡したことを伝え聞いていたようで、私がその赤子だとわかると
とても喜んでいました


生家に着くなり 道案内の彼は車から飛び降りて大声で叫びました
「秦さん! いる? 誰が来たと思う?」
その家はひどいあばら屋で、入り口にやぶれたカゴを直してるおじいさんがいました
中に入ると、ぼさぼさ頭で垢まみれの背の低いガリガリに痩せたおばあさんが寝ていました
その傍らにはひどくぼろぼろの服を着た娘が おばあさんに水を飲ませようとしていました


道案内の彼は私を指さしながら言いました
「ねえ 誰だと思う?」
3人はぼんやりとして わからないようでした
彼は 今度は3人を指さして言いました
「こっちがお父さん、こっちがお母さん、こっちがお姉さん…」
我々一家は驚き、そして喜び、抱き合って泣きました…


連れてきた医者に両親を診てもらうと、二人とも栄養失調からくる慢性病でした
お米、小麦粉、肉、お金を渡し、二人の兄、姉と対面し、
そしてその時から私は2つの家族の一員となりました
“牛”家の一員と同時に “秦”家の一員として


その日から 私は心を尽くして父母の面倒を看ました


2番目の姉は私がフフホトに呼び寄せ、仕事を見つけてあげ、結婚していきました
結婚するときは すべての費用を出してあげました
その費用には洗濯機、結婚指輪も含みます
―――その当時、私と妻の給料は二人合わせても80元しかなく
12平方メートルの平屋にベッドがひとつの大変苦しい生活でした
洗濯機、結婚指輪なんて もちろんありませんでした


私にはこのようにたくさんの父母がいましたが、一番影響を受けたのは、やはり養母です
                   11月29日 牛根生
  

(11月28日 “賽風“さんのコメント : 牛さん、私も内モンゴル出身です
それゆえ、内モンゴルの経営者にとても関心があります
もちろん蒙牛のミルクだって飲んでます
以前、「蒙牛内幕」という本を読んで、会社の発展の経緯を知りました
今日、名前の由来を知り、とても感動しました
このたび私が聞きたいのは 本当の父母には出会えましたか、ということです
私はご両親をさがすべきだと思います
どうしようもなくなってあなたを売ってしまったご両親ですが,
あなたにすばらしい生命を与えてくださったご両親なのですから)
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by あにぅ  at 07:36 |  蒙牛乳業 |  comment (6)  |  trackback (0)  |  page top ↑
Comments

あにぅさん、こんばんは。
お忙しい中、翻訳ありがとうございます!

良い話ですね~
特に姉への洗濯機・結婚指輪には泣かされます。本当に周囲を大切にする人ですね。人のために尽くす心が成功には欠かせないのでしょうね。

牛さんの会社、押し目買いしたくなりました。
by ヴぁる 2006/12/10 22:38  URL [ 編集 ]

この話、もっと早く載せといてくれよ~
出来たら去年ぐらいに・・・
絶対、涙ながらに全財産で蒙牛の株買ってたちゅーの!

やっぱ、企業は人なり・・蒙牛万歳!

翻訳&掲載 有難うございます、ご苦労さまです。
by カテキン 2006/12/11 00:37  URL [ 編集 ]

あにぅさん、翻訳要約ありがとうございます。本気で涙がでてきました。。株に思い入れは禁物とはよく言いますが(誰が?)、僕は決心しました。牛さんが携わる限り、蒙牛株は手放しません! 雀の涙にすぎませんが、僕の出資金が実のご両親の治療費に僅かでも役立てるなんて本望です。←じゅんばんむちゃくちゃですが、そんな気持ち^^
by ドラ 2006/12/11 01:46  URL [ 編集 ]

あにぅさん、こんにちは。
翻訳お疲れ様です。本当にいい話ですね。
株主総会で2回ほど生の牛さんと会いましたが、いつもぎらぎらした目で牛乳について語っています。昔「経営者の目を見ろ」と教わりましたが、牛さんはその点では120%合格です。
これからも頑張って欲しいです。
by ヒロシ 2006/12/11 13:40  URL [ 編集 ]

みなさん コメントどうもありがとうございます
牛さんの話、ほんとにいい話ですよね
日本だったら、少年マガジンで漫画になって、伝記本何冊も出て、ドラマにもなって
へたすりゃ佐藤浩市あたりを使って映画にまでなっちゃってますよ

実は、私の名前「あにぅ」は漢字で書くと「阿牛」
蒙牛の牛さんと マレーシアのミュージシャン阿牛からの盗用です
by あにぅ 2006/12/12 06:47  URL [ 編集 ]

あ、言い忘れました
みんな買いたい、手放さないって言ってますけど
私 牛さんの調整待ち買いの受付にもう何ヶ月もならんでるんですけど…


…もしかして 捕まえようとしてるのに追っ払っちゃった?(汗)
by あにぅ 2006/12/12 06:50  URL [ 編集 ]
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